山田 奈緒美

山田 奈緒美(イスラーム地域論講座) 「母へのラブレター」

    ジョージアはロシアの南、トルコの北東に位置する人口約400万人の小さな国です。文明の十字路として古来様々な人々の行き交ったこの土地には、今も色々な民族が暮らしています。

    調査地で、研究対象であるメスへティ・トルコ人のホストファミリーになかなか馴染めない私に声をかけてくれたのは、アルメニア人の老姉妹でした。流暢なジョージア語を話す彼女たちは、「いつでも家に遊びにいらっしゃい」と言ってくれ、その言葉に甘えて、私はその後何度も彼女たちに会いに行きました。コーヒーを飲んで、おしゃべり をして、ぶらぶら散歩をする。心細くなりがちな私にとって、彼女たちとの何気ない時間は、調査地での大きな支えになりました。

    フィールドワークも終盤を迎えたある日、姉の家に「来年もまた来ます」という挨拶をしに行くと、妹の方は近々息子のいるロシアに移るのだと知らされました。次の調査のときには会えないかもしれないと思うと、居ても立ってもいられず、その足で妹の家に向かいました。しかし、いつも通り明るく迎えてくれた彼女に何と切り出していいのかわからなくなり、つい「息子さんのことが大事なのね」とひねくれた言葉を口にしてしまいました。私が何の話をしているのかを察したらしく、彼女は庭の方に視線を移しながら、ポツリと呟きました。「母親にとっては、子どもはいつまでたっても小さいもんなんだよ。あんたの母親だってそうだろ」。思わずしんみりとしてしまった雰囲気に耐えられなかった私が、私の母は放任主義で私には興味がないのだと冗談めかして言うと、妹は私を見据えて、そんな言葉は聞きたくないと 強い調子で言いました。気まずい沈黙が降りてきて、そのまま私は妹の家を後にしました。一人の東洋人として、一人の研究者として、馴染みのない異国の地で知らず知らずのうちに気を張っていた私は、彼女が私をずっと、単なる一人の子どもとして見てくれていたことに気付きました。

    翌日、私は妹に短い手紙を書いていました。「あなたが息子さんを大事にしているように、母も私を大事にしてくれていると思います。私も母が大好きです」。無頓着を装いながら実はいつも私を心配してくれている私の母のイメージに、妹の姿が重なりました。彼女は、やや遠慮がちに遊びに来た私を、特別に気を遣うでもなく当然のように迎えてくれ、具合が悪くて私が寝込んでいたときには、そっと家に様子を見に来てくれたのでした。手紙を書きながら、母に対してなのか妹に対してなのかわからなかったけれど、あなたがいてくれてよかったという思いがこみあげてきて、涙が止まりませんでした。その日妹は留守で、結局会えないまま私は調査地に別れを告げました。家の扉の隙間に差し込んでおいた手紙を、彼女は読んでくれたでしょうか。
    【「アジア・アフリカ地域研究情報マガジン」第150号(2015年12月)「フィールド便り」より引用】
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