真殿 琴子(イスラーム世界論講座) 「聖者の眠る場所」
- トルコの首都アンカラは、歴史ロマン薫るイスタンブールとはまた違った、現代的な都市として発展し続けています。街の中心部では昼間から若者たちがカフェをにぎわせ、ヨーロッパにいるかのような開放的な情緒が漂います。
そんなアンカラにも聖者の眠る場所があります。ハジ・バイラム・ヴェリーは15世紀のオスマン朝社会において活躍したスーフィー(イスラーム神秘主義者)であり、時のスルタンにも精神的な影響を与えた人物としてよく知られています。彼が眠る聖者廟はアンカラのウルスという地区に存在します。物売りが所狭しとばかりに集まり、人々の行き交いの激しい雑多な坂を越えると、一際落ち着いた広場に辿りつきます。新しく舗装されたその一帯には、お土産屋さんやレストランが並んでいました。人々はみな静かに聖者廟に向かって歩き、女性たちはスカーフを身につけつつ、廟の中に入っていきました。
廟の中では、みな思い思いの願いを心で唱えながら、祈りを捧げているようでした。ハジ・バイラム・ヴェリーの棺の前で足をくずして座り、長い時間祈りに集中している女性も見かけました。
聖者廟のすぐ裏には、ローマ時代の遺跡があり、ローマ帝国初代皇帝のアウグストゥスの神殿ということでしたが、ほとんど原型はありませんでした。しかし、時代も文明も超えた遺産が同じ場所で共に時を過ごしている風景がそこには確かに存在しており、なんとも形容しがたい感動が胸に残りました。
さて、聖者廟にて私が祈願したことはもっぱら研究に関することでしたが、同行してくれた家族のお母さんは、歯痛の完治をお願いしたそうです。お母さんは、普段は自ら経営する薬局で薬剤師としてバリバリ働きながら、時折聖者のもとにお参りに行くとのことでした。実にアンカラらしい情景であると私の目には映りました。
【「アジア・アフリカ地域研究情報マガジン」第165号(2017年3月)「フィールド便り」より引用】